#施設病(ホスピタリズム)

波多野誼余夫・稲垣佳世子(2003)無気力の心理学 中央公論新社
http://www.okayama-u.ac.jp/user/le/psycho/member/hase/yh-seminar/2005/Takizawa_50623.htmより引用・抜粋


泣き続ける赤ちゃんをほっておくと,赤ちゃんにも無力感が生じることが最近の心理学の知見からわかっている。自分の努力(泣くという働きかけ)によって不快感(おしめが濡れている,おなかがすいた,など)が取り除かれないと「自分が働きかけても環境に何の影響も及ぼすことができない」といった無力感が獲得されるおそれがあるというのだ。これはあくまで何回も繰り返しほうっておかれたらの場合であり,全体として応答的な経験が十分あれば,問題ない。


 施設で育てられる乳児は家庭で育てられる乳児より自分からすすんで環境に働きかけようとする意欲にとぼしく,成熟的な発達の速さはほとんど差異がみられないにもかかわらず,施設児のほうが自分のもっている技能や能力を使おうとする意欲が低い傾向があるのが報告されている。ホスピタリズム施設病)はとくに人手不足の著しい施設の子供にみられる発達の遅れと無気力・無感動の状態をいい,施設児の死亡率が異常に高いことから見出された現象である。セーリックマンによると動物でも人間でも無力感に陥るとちょっとした病気で死亡してしまうことがしばしば見られるという。


 ロバートソンは病気のため完全看護の病院に入院させられた幼児の「落ちつく」過程を観察している。「落ちつく」過程には三段階あり,まずは抗議の段階で,不慣れな環境におかれた子どもは大声で泣き,母親が自分のもとに来てくれることを強く望む。しかし,そうした努力が無駄に終わると,徐々に「絶望」がやってきて,この段階で子どもは不活発で,引っ込み思案で,無感動になる。一見,子どもが落ち着いてきたようにみえる。最終段階は「否認」で,逆に子どもは環境に多くの関心を示し,誰にでも機嫌よく楽しげに見える。しかし,ロバートソンの観察によればこの「落ちついた」子どもたちは,退院後に家庭にもどると赤ちゃんがえりをするなど,大きな行動障害や情緒的混乱を示すことが非常に多いという。ロバートソンはこのような子どもたちは再び自分の活動の手ごたえを確かめてみようとしているのではないかと解釈している。


 ベルとエインズワースは発達初期の乳児が泣いたとき,すぐに母親が応答したほうがのちの時期にはかえって泣くことが少なくなり,かわりに自分の感情や願望を伝えるのに別の手段を発達させることが多いことを報告した。泣くと母親がやってきて不快を取り除いていくれることは子どもに「自分が困っているという意志表示をしたときには,(誰かが)必ず助けてくれる」といった安心感や「自分は環境に影響を及ぼすことができる」という無力感とは反対の自信をもたせることができ,むやみに泣くことを減らしているのだろう。その自信に裏付けられて,新しい技能を使う意欲がわき,新しい伝達手段を発達させることになったのではないかと考えられる。


*著者追記:施設病の影響は、子ども時代だけではなく生涯にわたり続く事もあるそうです。


*実際の施設卒園者の方の興味深い記事をご紹介致します。
 『集団養護論』について言及しておられます。
 ココをクリック→http://blog.livedoor.jp/maria_magdalena/archives/27893782.html


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